京都地方裁判所 平成2年(行ウ)21号 判決 1992年8月05日
原告
安藤友治こと姜亦祥
被告
京都下労働基準監督署長上辻治
右指定代理人
桂田正孝
主文
一 労働者災害補償保険休業補償給付支給決定処分の取消を求める訴えを却下する。
二 原告の、労働者災害補償保険障害補償給付支給決定処分の取消請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
被告が平成元年六月二〇日付けでした、原告の労働者災害補償保険法に基づく休業補償支給請求に対する休業補償給付支給決定処分を取消す。
被告が同日付けでした、原告の労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付支給請求に対する障害補償給付支給決定処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告(答弁)
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告の負傷
原告は、昭和六〇年六月三日午前八時三〇分頃、訴外株式会社ダイフジ建設に雇用される型枠大工として、京都市南区所在のビル新築工事現場において材料の荷卸、運び出し作業中、約一・二メートル下のコンクリート床に転落して左踵骨を骨折する傷害を負った(以下、本件負傷という)。
2 障害補償等支給請求等の経緯
(一) 原告は、平成元年一月一七日、本件負傷を理由に、労働者災害補償保険法に基づき、被告に対して休業補償給付支給請求及び障害補償給付支給請求をした。
被告は、右請求に対し、同年六月二〇日付けで、昭和六〇年六月六日から同六一年一月八日までの二一七日間につき休業補償給付支給決定を、また、原告の後遺障害を障害等級第一一級と認定のうえ、障害補償給付支給決定をした(両者をまとめて、以下、本件各処分という)。
(二) 原告は、本件各処分のうち、障害補償給付等支給決定処分について、平成元年七月二〇日、京都労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は、平成二年七月二七日付けでこれを棄却する旨裁決した。
原告は、同年七月三〇日、右処分について、労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、現在に至るまで、裁決がなされていない。
3 本件各処分には、次の違法事由がある。
(一) 本件負傷による原告の足の障害は治癒しておらず、仕事ができない状態であるにも拘らず、休業補償給付支給決定処分は、昭和六一年一月八日までについてのものにとどまっている。
(二) 原告の、本件負傷による後遺障害は、障害等級第七級に相当するにも拘らず、障害補償給付支給決定処分は、これを第一一級としている。
よって原告は、本件各処分の取消を求める。
二 被告(認否、主張)
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因一1、2(一)(二)の各事実を認める。
(二) 同一3(一)(二)をいずれも争う。
2 主張
(一) 原告の本件負傷による傷病は、昭和六一年一月八日症状固定に至った。したがって、同日が、労働基準法七七条にいう「なおったとき」に該当する。
(二) 原告の症状固定後の後遺障害のうち、左足関節部の疼痛は、労働者災害補償保険法施行規則一四条一項別表第一の障害等級表の第一二級の一二に該当し、左足関節の可動制限は、右表の第一二級の七に該当する。したがって、右施行規則一四条三項により、原告の後遺障害は第一一級となる。
したがって、労働基準法七七条、労働者災害補償保険法一二条の八に基づきなされた本件労働者災害補償保険障害補償給付支給決定は、適法である。
三 原告(認否)
被告の主張二2(一)(二)をいずれも争う。
第三証拠
証拠に関する事項は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
一 休業補償給付支給決定処分取消の訴えの適法性
労働者災害補償保険法三七条は、同法三五条一項に規定する処分の取消の訴えは、再審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起できない旨のいわゆる審査請求前置主義を定めている。本件全証拠によるも、原告が、本件休業補償給付支給決定処分につき、審査請求、再審査請求をしたこと、したがって、その裁決を経たことを認めることができない。したがって、右処分の取消を求める訴えは、行政事件訴訟法八条、労働者災害補償保険法三七条所定の訴え提起の要件を充たしていない。
二 障害補償給付支給決定処分取消の訴えについて
1 障害補償給付の支給要件
請求原因一1の事実は、当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨により成立が認められる(証拠・人証略)によれば、原告の本件負傷による障害は、昭和六一年一月八日をもって症状固定に至った事実が認められる。したがって、右は、労働基準法七七条にいう「労働者が業務上負傷し」「なおったとき身体に障害が存する場合」に該当する。
なお、原告は、昭和六一年一月八日の時点でも、本件負傷による傷害が完全になおっていない旨主張する。しかし、右法条にいう「なおったとき」とは、傷病の完治でなく、傷病に対し行なわれる医学上一般に承認された治療方法によっても、その効果が期待しえない状態で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達した場合をいう。そして、本件では、右認定のとおり昭和六一年一月八日に症状が固定したのであるから、右法条にいう「なおったとき」に当る。
2 原告の後遺障害
(一) 後遺障害の状態
(証拠・人証略)の結果を総合すれば、原告の後遺障害は以下のとおりであると認められる。
(1) 左踵骨の骨折癒合は良好で、変形も軽い。左足関節内踝下方に圧痛著明、左足関節運動に疼痛がある。
(2) 左足関節可動制限がある。健常な右足関節の可動域は、背屈二〇度、底屈五〇度、運動可能領域七〇度であるのに対し、原告の左足関節の可動域は、背屈一〇度、底屈三〇度、運動可能領域四〇度である。
(二) 後遺障害の障害等級
(1) (一)(1)(2)認定の各事実、弁論の全趣旨により成立が認められる(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告の後遺障害のうち、左足関節部の疼痛の程度は、労働には通常差し支えがないが、時には、強度の疼痛のためある程度差し支える場合があるものであるから、局部に頑固な神経症状を残すものに当ると認められる。したがって、右障害は、労働者災害補償法施行規則一四条一項別表第一障害等級表の第一二級の一二に該当する。
また、左足関節可動制限については、健側(右側関節)の運動可動域の四分の三以下に制限されているものであって、中程度の作業は可能なものであると認められる。これは、右障害等級表の第一二級の七に該当する。
したがって、原告の障害等級は、この二つの身体障害の残存により、労働者災害補償保険法施行規則一四条三項一号によって、一級繰上げた第一一級となる。
(2) この点につき、原告は、請求原因一3(二)において、障害等級第一一級にとどまらず第七級に相当する旨主張するが、原告本人尋問の結果のうち右主張に副う部分は、曖昧な自覚症状とその不定愁訴をいうにすぎず、その裏付証拠もなく、原告の障害が障害等級第一一級よりも重いと認めるに足りない。その他、第一一級よりも重いことを認めるに足る的確な証拠がない。
(3) したがって、被告がした本件障害補償給付支給決定処分は、適法である。
三 結論
以上によれば、休業補償給付支給決定処分の取消を求める訴えは、不適法であるからこれを却下し、障害補償給付支給決定処分取消請求は、理由がないからこれを棄却する。訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 佐藤洋幸)